2010年02月07日

ゆれるの田口トモロヲ

2006年度の公表だった邦画の中の一つとして
挙げられるのが映画ゆれる。

有名な是枝監督が企画して原案、脚本、監督は
西川美和という手堅いスタッフ陣。
それだけではない。
キャストもなかなか興味深い面々が揃った。
オダギリジョーも味わい深く演じているが、
その周辺の役者陣も個性的であり
上手い具合に存在感が出ている。

特に裁判官役を演じた田口トモロヲは、
朴訥とした雰囲気とどこか裏がありそうな
感じがする役どころを演じきっている。
もちろんそのストーリーの中では無視できない
存在で、脚本上重要な裁判という場では欠かせない
ポジションで見事な立ち回りをしている。
posted by 伊藤 at 19:50| ゆれる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

持ち続ける

使いやすいので持ち続けている。
何か新しいもの、便利な機能と
いうものを問われているかもしれないが
持ちやすさが一番大切なのでは
ないだろうかと、一人考えている。
知り合いは、他社を持ちたいと
言っているがそういうのなら持てば
良いのにと思う。
そして比べてみれば一番手っ取り早い
のにと思ってしまう。
タグ:便利 早い 機能
posted by 伊藤 at 23:19| 携帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

風邪は治ったか

体の節々が痛いなら、どうか休んで
一日でも早めの回復を望むものだ。
誰だって、体調が良くないのに仕事は
してもらいたくない。
きちんと休養後に仕事に取り組んだ
ほうが良いのに決まっている。
そういう言葉なんて気にせずに
とりあえず目の前に溜まったものを
片付けるのに、精一杯で自分の体のことを
後回しにするのはかわいそうなことだ。
もっと大切にしてほしい。
その体はあなたしか分からないのだから。
その悲鳴に早く気付いてあげてほしいものだ。
タグ:節々 休養 悲鳴
posted by 伊藤 at 20:33| 症状 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

生きているのだから

喜びだとか嬉しさだとかは
生きているから感じるものだと
思える。何か嫌なことが起これば
それらさえ面倒に思うことも
あるけれど、それでも生きている
証明なのだからしょがない。
苦しみや辛さもそれらも全て生きている
からこそ味わえるものだと思える。
今この開放感に浸っているからこそ
分かるものなんだと思える。
信憑性は少ないかもしれないが、
私自身が感じているものだ。
タグ:面倒 開放 喜び
posted by 伊藤 at 22:17| 証明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それらの頂上

いつか終わると思っていても
その終わりというのは、頂上なのだろう。
信じている、目標が頂上であれば
登りつめて行けば、しっかり自分の
なりたいものに迎えると思っている。
その頂上は険しいものだとは分かっているものの
やはり登りつめないといけない使命感の
ようなものが自分にはあるように思って
いるのだから止まるわけには行かない。
自分はどこまで行けるか分からないが、
それでも頂上を目指し続けるしかない。
しょうがないのだ。
posted by 伊藤 at 22:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

言葉をフルに

知らないでいるから、知らないと
ずっと言い続ければいいのだと思っている
のは間違いかもしれない。
知らなければ、知る努力をする。
理解しようと勤めるのが力になるのだと思う。
何かにたって、想像出来るのであれば
その直感を伝に進むしかないのだと
思える。言葉はきちんと正確にするしかないと
考える。それらは、後悔するのであれば
最初からカットだと思っている。
posted by 伊藤 at 20:08| カット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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